32話:受け入れた訳ではない。

医務室の重い自動ドアが左右に開く。

無機質な殺菌灯の青白い光が、静まり返った室内を冷たく照らしていた。

アレクセイ

「ユーリ、、、、、」

絞り出すような声に、ベッドの上で背を向けていた少年が、わずかに肩を揺らした。ユーリは膝の上に置いたスケッチブックのようなものに、何か絵を描いていた。

ユーリ

「?、、、、、、あぁ、、、アレクセイ、、、」

振り返ったその表情は、凪いだ海のように静かだった。

叫びもせず、泣きもせず、ただそこに在るだけの、変に落ち着いた様な姿。

その異様な静謐さに、アレクセイは気圧される。

アレクセイ

「、、、、、、、え、、、っと、、、、あの、、、、、、、、」

ユーリ

「セロニカの遺体どうする?」

日常の天気を確認するかのような、あまりに淡々とした問い。アレクセイは心臓を素手で掴まれたような衝撃に、言葉を失った。

アレクセイ

「、、、、、、、、、あ、、いや、、あの、、、えとさ、、」

ユーリ

「セロニカの遺体をセロニカの故郷、火星にはまだ時間かかるみたいだし、腐っちゃうんだって、、」

アレクセイ

「いや、、そういう事じゃ、、、、」

ユーリ

「所詮1日一緒に避難しただけの人に感情移入するってのがおかしいもんね、うんおかしい、はいおしまい」

自分自身を納得させるように、あるいは心を無理やり切断するように、ユーリは独り言をこぼす。その拒絶の言葉が、アレクセイの心に火をつけた。

アレクセイはユーリ肩を掴んで揺らす。

細い身体が、アレクセイの力に翻弄されて頼りなく揺れる。

アレクセイ

「どうしちゃったんだよ! 違うよ!! 違う! 人が死んだんだよ! それは、、違うじゃないか!!」

ユーリ

「街でもたくさん死んだ」

アレクセイ

「ち、、ちが、、ちがう、、、そういう事じゃ」

ユーリ

「冥王星圏探索隊の人が死んでも関係ないだろ? そういうもんじゃないか、、セロニカは家族でも何でもない」

突き放すような、冷徹な論理。感情を殺し、数字と記号で世界を見ようとするユーリの瞳。

アレクセイ

「家族じゃなくてもセロニカは友達って言った! なんでそう言うんだよ」

ユーリ

「、、、、、、、うるさいな! そっちこそなんなの!! なんでそう元気なの! 訳が分からないよ!!」

堰を切ったように、ユーリの「凪」が崩壊した。

握りしめた拳が震え、剥き出しの叫びが医務室の壁に跳ね返る。

アレクセイ

「元気?、、何がどこが!、、何がだよ!」

ユーリ

「そうやって叫んで思いやれる事がだよ! 死んだんだよ!! 死んだ! いないんだよ! 目の前で死んだ!! 僕の!! 目の前で死んだの!! 死んだんだよ!! 黙れよ!! 感傷に浸ったくらいで思いやるな!!!」

守れなかった自分、今も脈打っている自分の鼓動、そして失われた熱。

アレクセイ

「ぅ、、、っ、、、、、ぅぅぅ、、、、、、、」

アレクセイの目から、大粒の涙が溢れ出した。知能も理屈も、この悲しみの前では何の役にも立たない。

ユーリ

「泣くなよ、、、、泣かないでよ、、、アレクス」

ユーリの声もまた、震えていた。

アレクセイが、堪らずユーリに抱きついて泣く。

その体温を感じた瞬間、ユーリの張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。

自分を凍らせることでしか保てなかった均衡が崩れ、ユーリも釣られて泣いてしまう。

狭い医務室の中で、ただ二人の少年の慟哭だけが、いつまでも止むことなく響き続けていた。

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