セナ
「吸いなさい」
狭いコクピット内に、セナの切迫した声が響く。
だが、膝の間のアレクセイは顔を真っ赤にしながら、狂ったように首を横に振った。
アレクセイ
(無理!)
セナ
「吸えって!」
アレクセイ
(絶対嫌!)
必死に口を真一文字に結び、身振り手振りで頑なに拒否を示す。
アレクセイにとって、肺に液体を流し込むという行為は、本能が全力で警鐘を鳴らす死そのものだった。
セナ
「本当に窒息死っていうか今!話してるの私よ!わ!た!し!!問題無いから!!」
アレクセイ
(むり、、、絶対むり、、、海水飲んだ時に俺は思ったんだ、、、無理だって)
セナ
「何言ってるか知らないけどね」
アレクセイの意識は混濁し始めていた。
彼は操縦桿を握り直そうとしたが、その手は虚空を掴み、あらぬ方向を彷徨っている。
セナ
「あぁもう、酸欠の幻覚症状、、そこまで我慢する!?馬鹿じゃ無いの!」
キーン、と、アレクセイの耳の奥で不快な電子音のような耳鳴りが膨れ上がっていく。
視界の端から闇が浸食し、計器の光がぼやけて、世界が遠のいていく。
セナ
「ほんと、、、頭が硬すぎるわあんた!」
覚悟を決めたセナが、アレクセイの顔を強引に引き寄せた。
驚きに目を見開くアレクセイの唇を、彼女の唇が塞ぐ。
アレクセイ
「!?、、、、ん、、、っ、、、ん!!、、、」
強制的に流し込まれた高密度の液体が、気管を通り、肺を満たしていく。
溺れるような恐怖は一瞬で消え、代わりに冷涼な酸素の塊が全身の細胞を叩き起こした。
セナ
「ぷはっ、、、、初キスが私みたいな女で悪かったわね、、性病はないから、、その辺は気にしなくて良いわ、、価値が落ちるからね」
セナは吐き捨てるように言い、乱れた髪を直した。
アレクセイは荒い呼吸を繰り返すが、肺に違和感はない。不思議なほどに頭が冴え渡っていた。
アレクセイ
「っ、、、はぁ、、、はぁ、、、、セナ、、、、、」
セナ
「なに?、、なんか文句あんの」
アレクセイの視界が急速に明瞭になり、モニターに映る敵影を鮮明に捉える。
アレクセイ
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ごめん」
セナ
「なにがよ」
アレクセイ
「分からない」
アレクセイは操縦桿を力強く握り直し、自動航行モードを遮断した。
電子メーターは時速600kmを指して安定する。
漆黒のヴェルクは、夜の街を滑るように加速し、残るドローンリグマシーナギアの群れへと突っ込んだ。
一撃離脱。残光を置き去りにするような神速の刺突が、次々と鉄の塊を沈めていく。
セナ
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ちっ、、、、はぁ」
セナは安堵したのか、小さく息を吐いてアレクセイの胸に身を預けた。
アレクセイ
「、、、、、、、、セナ、、、ありがと、、、、、それだけしか今は返せない」
セナ
「ん//、、、、、、、、これでドローンは終わりね、、本体倒しにいきましょ」
通信機越しのやり取りはない。
ただ、激しい戦闘が続くコクピットの中で、アレクセイとセナの耳は、砂煙の舞う戦場には似つかわしくないほどに赤く染まっていた。
