10話:交渉

セロニカ

「あ、、あった!!!」

煤煙の向こう側に、鈍い銀光を放つ巨大な構造体が見えた。

ユーリ

 「、、避難所だ、、、」

それは、周囲の華美なビルとは一線を画す、窓一つない無機質な鋼鉄の塊だった。

厚い装甲板で覆われたその姿は、いかなる爆風も銃弾も寄せ付けない絶対的な聖域のように思えた。

だが、その入り口まであと数十メートルというところで、アレクセイの足が凍りついたように止まる。

ユーリ

 「アレクセイ?」

アレクセイ

 「、、、、、、、、、、、あ、、、なんか、、、ダメだ、、、ぁ、、、ダメだ、、、、」

ユーリ

 「は?、、、いや、、、とりあえずあの中行かなきゃ避難が!殺されちゃうよ!」

アレクセイの瞳孔が限界まで開き、視界の中の情報が、彼の脳内で凄まじい速度の演算へと変換され始める。

世界の動きが、アレクセイの感覚の中でだけ急激に減速していく。

アレクセイ

 (、、、、、、、ぁ、、、、あの壁のヒビ、)

剛健に見えるその避難所の壁面。装甲の繋ぎ目に走る、毛髪ほどの細い亀裂。

メンテナンスを怠っていたのか、あるいは先ほどの爆発の余波か。

(最強の憲兵隊がいるのに避難所の整備を怠る?)(あのひびはなんなんだろ)(ぁ、ひびがひろがった、ひろが、、った?)

さらに、その周囲の空気の揺らぐ。

その直感は、最悪の形で的中する。

避難所の巨大な影を割るようにして、一機のリグマシーナギアがヌッと姿を現した。  

同時に、避難所の重厚なハッチが内側から開放される。

救いを求めて中から大勢の人間が溢れ出してきた。

その雑踏の中に、アレクセイは見覚えのある色彩を捉える。

アレクセイ

(、、、、、あ、、あの青い髪、、、、スリしてきたおっさんだ、、)

シュゥン!!

アレクセイ

(ぁ、、死んだ、おっさん、、、死んだ?、、、は、、、はは、、、はぁ?)

次の瞬間、リグマシーナギアのマシンガンが火を噴いた。

逃げ場のない鉄の箱の前で、人々はゴミのように、潰されるように、ただの肉塊へと変えられていく。

さっきまでアレクセイたちの財布を狙っていた男の命が、一発の弾丸で赤黒い霧へと霧散した。

思考が焼き切れる寸前、アレクセイの身体が反射的に動いた。

無意識に、彼はセロニカとユーリの手を強く引き、死地と化した避難所から背を向けて駆けていく。

セロニカ

 「ぇ、、、ぁ、、、、はぁ?、、、、、、、、、」

あまりにも現実離れした出来事。

あまりにも信じられない出来事。

平和を約束していた場所が鏖殺に変わるという矛盾に、セロニカの意識は悲鳴を上げていた。

ユーリ

 「け、、、けんぺ、、、憲兵、、たいも、、いる、、、」

ユーリの視線が、路傍に転がる残骸を捉える。  

白と黒を基調とした、秩序の守護者であるはずの憲兵隊専用リグマシーナギア。

それが、手足をもがれ、徹底的に、執拗に破壊されていた。

テロリストたちは、ただ倒すだけではなく、その象徴そのものを蹂躙し、無価値であることを誇示していた。

アレクセイ

 (、、、、あそこ、、どこ?、、いや多分あそこに、、あのトラック、、)

アレクセイは、この街に降り立ってから今この瞬間までの全ての視覚情報を、高速で脳内に再展開する。

通った道、見かけた車両、違和感のあったリグマシーナギアのパーツ。

生き残るための法を解くために、彼は二人の手を引き、戦火の街をさらに深く突き進む。

テロ行為に法は無価値だ。

なぜなら彼らの目的はテロをすることであって、何かを変えたいわけではないのだから。

要求があるのなら変えられる? 飲んでしまえばいい?  

暴力で変えられると知った世界の行末は、現在の閉塞感すら心地よく思えるほどの地獄になる。

テロの要求を飲んではならないとは、そういうことだ。いかなる事由があろうとも。  

――なぜならこうなるから。

「知るかよ、そんなこと」

用語集で見る →