静寂が、コックピットの薄暗い闇の中で冷たく澱んでいた。
ユーリがその腕に抱いているのは、先ほどまで確かに命の輝きを放っていた少女の形。
しかし、腕の中から伝わってくる感覚は、無慈悲な速度で変質していく。
セロニカの熱が消えていく。
指先から、頬から、寄り添う胸元から。
命の余熱が、空調の微かな風にさらわれて薄氷のような冷たさへと変わっていく。
(僕はセロニカが好きだったのかな、、、、)
思考はひどく明晰で、それゆえに酷だった。
目の前を見ればアレクセイが叫びながら戦ってる。
ー
ガアァアアアン!!!
鋼鉄が肉を砕き、装甲が火花を散らす地獄の音。
―
アレクセイが熱くなればなるほど、怒りで機体の温度が上昇すればするほど、反比例するようにセロニカの体から熱が消えていく様に思えてしまう。
外の激動が、この内側の静止をより際立たせていく。
(違うな、違う、)
ユーリは、腕の中の感触に絶望する。
セロニカの柔らかさが無くなって硬さに変わっていく。
弾力に満ちていた肌が、重力に従うだけの物言わぬ質量へと堕ちていく。
―
ガガッッッカアアアアアアン!!!
装甲が抉れ、敵機が沈黙するたびに、ユーリの心には一つの確信だけが刻印されていった。
―
あぁ、たった…………………たった1日で恋に落ちたんだな僕は。
昨日までの世界にはいなかった存在。
出会って、言葉を交わして、共に死線を潜り抜けただけの数時間。
けれど、その密度はこれまでの空白の年月をすべて埋め尽くしてあまりあるものだった。
喪失の予感が、確信に変わる。
人を愛するのはもう二度と出来ないよ。
心の一部が、彼女の命と共に削り取られ、どこか遠い場所へ捨て去られたような感覚。
これ以上の愛も、これ以上の痛みも、もう二度と自分の中には発生し得ないのだと悟る。
―
ガラガラ……ガラ……。瓦礫が崩れ、機体が何かを蹂躙する音が絶え間なく続く。
―
僕はこれから君を理想にしてしまうだろう。
僕はこれから貴方を忘れられないだろう。
比較対象のない、永遠に風化しない純潔の偶像として、セロニカはユーリの心に居座り続ける。
死は、彼女を生身の人間から完璧な初恋へと凍りつかせてしまった。
―
「死ねよ!!死んじまえよ!!!お前らが居なきゃセロニカは!!!」
アレクセイが怨嗟のまま戦う。
狂ったように叫び、敵を物理的に解体し、ただ破壊を撒き散らすアレクセイ。
その凄惨な暴力の嵐の中で、ユーリは自分自身の空虚を見つめていた。
―
僕は…………これから………どうしたらいいんだろ…………。
世界は回り続け、戦いも終わるだろう。
アレクセイ、君と僕は家族にはなれない。
この喪失を共有しているようでいて、その実、二人の心の傷は決して混ざり合わないのさ。
アレクセイは怒りで自分を焼き、ユーリは虚無で自分を凍らせている。
セロニカ、家族ってなんだったんだと思う?
君にもみんなにもちゃんとした家族が居たよね。
僕にはわからなかった。これからわかるはずだった。君と一緒に。
セロニカ。
―
ガアッァアアン!!
何かが引きずり回される音が聞こえる。
それはもしかしたら、かつて人間だったものが乗っていた機械の残骸かもしれない。アレクセイの慈悲なき怒りが、敵の尊厳を根こそぎ奪い取っている音だ。
―
君はどうしてそこまで……………。
なぜ、そんなにもあっさりと、僕の心を奪ったまま消えてしまったのか。
コックピットの中、ユーリはセロニカであった物を抱きしめながら。
もはや彼女自身の意志では動くことのない身体に顔を埋め。
ただただ、泣いていた。
頬に触れる彼女の肌は、すでに周囲の金属と同じ冷たさを帯び始めている。
好きなんだと思ったよ、あぁ本当に、君のことが。
その告白は、誰に届くこともなく。
ただ、夕暮れに染まる血の色をした世界に、静かに溶けて消えていく。
嫌いになるまで好きでありたかった。
